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kyushikiyukuko’s blog

小説を書くことに夢中。

第五回ネット小説大賞二次落ちして考える

4/28、第五回ネット小説大賞の二次選考通過者が発表されました。

残念ながら拙作、Enders warは二次選考落選。

そして二次通過者発表とともにおこなわれた二次選考総評。
これを踏まえて考えてみます、自分の作品。

Enders war
小説家になろう様に投稿している作品ページに飛びます)


一次選考の基準を踏まえ、Enders warは、
とりあえず、

  • 文章は読みやすく、
  • 設定が面白くてわかりやすく、
  • キャラクターが魅力であり、
  • 序盤がだらだらしておらず、
  • 先を読みたいと思わせ、
  • 会話のテンポもよく、

おまけに基礎的な文章力や読者をつかむ能力は一定のラインを保つことができている……

という前提を置かせていただきます。
とりあえず。
いただきます。


次、二次選考では、

  • 序盤の期待感を中盤まで続けられず、
  • キャラクターの魅力が全面に出ておらず、そのキャラクターを追いかけるためにページをめくりたくはならず、
  • 市場に存在する読者を意識できておらず、
  • 読者を引きつけるために短期間に展開を盛り込めておらず、
  • 全体の流れに無理があり、
  • 一度つかんだ読者が離れている

 

……という理由で落とされたようです。

 

敢えてもういちど言います。

 

Enders warは、

  • 序盤の期待感を中盤まで続けられず、
  • キャラクターの魅力が全面に出ておらず、そのキャラクターを追いかけるためにページをめくりたくはならず、
  • 市場に存在する読者を意識できておらず、
  • 読者を引きつけるために短期間に展開を盛り込めておらず、
  • 全体の流れに無理があり、
  • 一度つかんだ読者が離れている

のです。

 

これでもかというくらい欠点が浮き浮き彫り彫りになりました。
一度つかんだ読者が離れているという点から最大ダメージを受けてしまうのですが、くよくよせず、この現状を噛みしめなければステップアップは望めないので、この総評、ありがたく頂戴いたしました。
(個別宛てではないにしろ、こうした選評を出してくれるだけでも大助かりなのです)

 

ということで改稿しなければいけなさそうな今後が見えてきましたので、どうにかこうにか改稿させ、HJネット小説大賞に応募いたします。

 

目標は6月末ですね。2ヶ月。およそ2ヶ月。
次話と並行して進めようと思います。

 

具体的な展開としては、セカンド・エンドあたりでしょうか。あとは全面的に。
あらすじも、ですね。

 

作業は並行できても、小説家になろう様のページ(上記URL)を統一しつつ改稿する、というのは若干無理があるので、新規作品として改稿版をアップロードできれば、と考えております。


二次選考については以上なのですが、二次選考総評に記載されているぶんEnders warにも関係してくる項目があり、そちらが気になりましたので、以下記載します。

 

総評の最後のあたりの、
「自分を含む読者が持つ現状への物足りなさ」(総評引用)などを把握する……という点だけが、どうしても理解が及ばず苦しいです。


読者が持つ、(その作品の)現状への物足りなさ、ということだと今の時点では解釈しておりますが、これで合ってるんでしょうか……。

 

ともかくこれらもインプットしつつ今後の反省とさせていただきます。
ありがとうございました。

 

ネット小説大賞(旧:エリュシオンノベルコンテスト・なろうコン)

「ものすごくうるさくてありえないほど近い」感想

やっと観終わりました。

 

めちゃくちゃ泣いた。

感動とかも、もちろんあるけど、なんというか主人公オスカーが痛々しくて泣いてしまった、のほうが正しい。

 

9.11で父親を亡くしたオスカー少年が、父の遺品であるカギに合うカギ穴を探す。祖母の家の間借り人を巻き込んだ捜索は終わる気配がない(アメリカじゅうを探してる)。

母親のあいだに溝ができたり、間借り人と衝突したり、紆余曲折を経て、ようやく手がかりが見つかったが、カギ穴はオスカーが望むような、父親ゆかりの物ではなかった。

 

おおまかに言うと以上のようなあらすじ。

 

物語の発端が発端なのでオスカーの精神状態は全編をとおして良くなく、出てくる人みんな何かを失ってる。母親も気落ちしてしまってる。決して明るいストーリーではない。

よって鑑賞を続けるのも心苦しかったが、父親からの、そして母親からの愛情だとか、オスカーから両親への愛情だとか、夫から妻への、妻から夫への愛情だとかを伝えてくる作品だと思った。

 

個人的に好きなシーンは、帰ってきた間借り人が居心地悪そうにしている中、オスカーの祖母は黙って間借り人の目の前に自分の荷物を置くシーン。

セリフはないんだけど、間借り人同様、ニヤリとしてしまった。

 

あと、オスカーの頭の良さ、記憶力の良さは母親ゆずりだと思った。ふふ。

 

暗い雰囲気だけど、観てよかったなと感じられた作品だった。

終始、父親という「死んでる人」と向き合う話だった。

「かみさまの娘」(桜木紫乃)感想

 

どんなに綺麗そうにしても、

どんなに悲しそうにしてても、

不倫というだけで拒絶反応が出るというか、受けつけないので、だめだった。

 

不倫は嫌いなんだ……というとだいたいの小説はだめなふうになる気がして、私自身あまりオモテに出さないようにしてるけど、やっぱり嫌いなんだ。

「宝石のおわり」(行動学入門/三島由紀夫)感想

「行動学入門」じたいは二年くらい前に買っていたのだが、その中身は、ちょびっとずつ、それはもう数ヶ月に一作読むか読まないかくらいの、じつにマンボウ並みのペースで読み進めている。

ちなみにこれはこの本にかぎった話ではない。

ほんとうに気が向いたときに読むしかない。それしかない。そしてこれは本にかぎった話ではない。

 

本題である「宝石のおわり」、これは「行動学入門」に収録されている三島由紀夫の作品。

 

たった数ページの、短い、三島由紀夫さんの所見のようなもの。

その短い数ページにつづられた三島由紀夫さんの宝石に対する所見を強引に要約するのなら、つまり「ダイヤモンドは傷つかず永遠の純潔を保っているというのに人間の男女ときたらさぁ」とかいう内容になっている。あくまで強引に要約している。強引である。

(私が三島由紀夫さんに明るくはないことも合わせてご了承願いたい)

 

男女、とくに女性に対してぞんぶんに「おわる」ことを言及しているから、なんだか思わず笑ってしまった。

この場合の「おわる」イコール「処女喪失」である。まあふつうそうだよね。「純潔」って言ってるからね。笑うしかない。

 

しかし男性の純潔が性器に及ばないことへは触れられていないことへの疑問をもちつつも、私が驚いたのは「ダイヤモンドが処女を失ったとかは聞かないのに……」という柔軟すぎる発想である。

 

た、たしかに。

と、胸のうちに謎の同意を湧かせてしまった。

なるほどたしかに宝石が処女を失ったとかいうニュースは生まれてこのかた一度も耳にしたことがない。

だが宝石は発掘された時点で処女喪失になるんじゃないのかしら。これは私の思い込み違いだろうか。もしもそうだと仮定したとするならば、「人に発見されない=生まれてこなければそもそも永遠の純潔だよね」と考えてしかたない。

人に見つかったが最後なのである。

これは私の所見である。

季刊エス55号を改めて読んでみた。中村先生のイラスト教室。

季刊エス55号、中村佑介先生のイラスト教室で、「手抜きしている絵は売れない」と記述されていて、ああ……と反省。

 

手抜きというのは、シンプルということではなく、ここでは「考えられていない絵」ということらしかった。

つまり最善を尽くしていない絵、だと私は解釈した。

ベストですね。ベスト。

 

そして、実在するデッサン対象を、調べるのをめんどくさがって自分の想像だけで描くのもダメよ、とも中村先生はおっしゃっていた。

行き当たりばったりで描いちゃだめよ、ということですね。

 

はい。

 

当たり前のことをていねいに教えられました。

反省します。

 

あ、あと、イラストレーターと美術家の違いについても述べられてました。

なるほどー!と思いました。

イラスト教室、本も買ったけど、ほんとわかりやすいんですよね。

わかりやすくていねいにダメなところを突いてくるので、そういうところ、好きです。

映画へのワガママ

映画は映画館で観ないともったいないーー

 

だああっ!

映画館そのものがニガテなんだっ!

 

映画館へ足を運ぶのは半年に一回あるか無いかです、急式です。

 

なぜ

上映スケジュールにバラつきがあり、

交通機関がスムーズかもわからず、

値段もそこそこ高く、

見ず知らずの人たちが前後左右に座るかもしれず、

混み合っているかもわからず、

字幕のみなのか吹き替えのみなのかわからず、

2Dのみなのか3Dも用意されているのかわからず、

周囲に雑音や騒音が入るかもわからず、

上映中にうっかりドリンクをこぼしてしまうかもわからない、

このような映画館にいかなければもったいないのか、ホントなんなのか、自分はよくわかりません。

 

そもそも人混みに酔いやすいタチなのでなおさらです。

そりゃAmazon primeにも頼るわ。

都会の映画館なら自分の都合どおりに望みどおりの上映を観賞できるのかと思いきや、そうでもなかったし。

そうでもなかったんだよ。

 

かといってこんなこと言ってばかりだと映画業界が苦しまれるばかりだと思うので、ここはぜひ、リアルタイム上映が可能な映画アプリが欲しい

年会費が高くてもいい。そこはべつにいい。自宅で最新作を観せてくれ。

公開中の映画を観たい時に限って上記のような障害が発生するんだもん。図らずも行く気が削がれます。

 

というワガママでした。

「イエスマン」感想

 

水色の空に両手を広げて全身弾んでいるビジュアルを見て、どれだけハッピーな映画なんだろう、と思い気になっていた「イエスマン」。

さわりだけ観るつもりが、気付けば深夜1時を過ぎるまで、最後まで観てしまっていた。

 

まず、イントロから季節感たっぷりの「Separate Ways」が流れ始める。

WBCの試合前に流れるあの曲。)

 

観る映画間違えたかな?

いやいやそんなことはない。

 

なんと、主人公の着メロでした。

しかしこの曲がのちのちキーソングになろうとは、このNOマン主人公を見ている時は夢にも思わなかった。

 

バツイチ銀行マン、親友2人はいるが付き合いは悪い。仕事もカタい。そんな主人公が、ある日をきっかけに「YES」という自己啓発セミナーに行く。

このセミナーのオーナーテレンスは「どんな質問にもイエスと答えろ」と言う。

半信半疑だった主人公カール。だが、なかば無理やりイエスと答えるうちに、人が変わったように何もかもがハイになる。アリソンという恋人もできた。昇進もした。交友関係も広がった。

しかしそんな「イエス」と答えるばっかりだったのが災いし、とんだ容疑をかけられてしまう。愛しのアリソンも離れていく。なんとしてもアリソンの心を取り戻したいカールだが、不幸は続き、交通事故に遭ってしまう。

 

こういったあらすじ。

まず魅力的だと思ったのが、主人公カールの俳優さんの顔芸の振り幅が大きいこと。

それだけで見ていて楽しかった。

 

そして前半で見せられたことの大半が終盤に繋がっていき、クライマックスが大盛り上がりだったので、笑いながらもスゴイなあと思ってしまった。

というのもわかりやすい伏線、アイテムばかりだったのだが、その「わかりやすさ」が私にとってちょうどよかったんだろう。

 

カールが自殺しようとしている青年を助けるシーンがお気に入り。窓枠からヒョコッと出てくるんだもん、あれは卑怯だ。

 

決して上品ではないんだけど、見ていて気持ちのいいギャグ映画だった。

私もイエスの使い分けには気をつけたいと思った。